東京の魅力を再発見するTOKYO MX(地上波9ch)の情報生番組「週末ハッピーライフ!お江戸に恋して」(毎週土曜11:00~)。4月13日(土)放送の「朝比奈彩の進め!江戸小町」のコーナーでは、隅田川クルーズで江戸の歴史を辿りました。

◆浅草~お台場海浜公園
隅田川を中心に堀が張り巡らされ、世界有数の水運都市として知られていた江戸の町。その大動脈と言われていた隅田川には現在、浅草~お台場海浜公園間を、片道約55分で運行する東京都観光汽船の水上バスが運行しています。
今回乗船したのは、昨年就航したばかりの「エメラルダス」。近未来的な船体が特徴の水上バスに乗り込み、歴史散策へ出発します。
江戸時代、隅田川に架かっていた橋は、千住大橋、吾妻橋、両国橋、新大橋、永代橋の5つだけ。橋の数が限られていたのは、江戸城が攻め込まれないようにという防衛上の観点から。
今回のルートでは、千住大橋以外の4つの橋を通ります。
浅草の乗船所を出発すると、1つめの吾妻橋が見えてきます。吾妻橋が初めに架けられたのは、1774(安永3)年のこと。
吾妻橋は、幕府ではなく、町人の資本で架けられた橋でした。当時、幕府には橋をかけるお金がなかったため、町人の嘆願を、幕府が許可するかたちで実現したのです。当初は武士以外の通行人から、2文の通行料を徴収していました。
駒形橋、厩橋、蔵前橋などをくぐると、両国橋が見えてきます。
1657(明暦3)年に起きた明暦の大火では、逃げ場を失った多くの人々が亡くなりました。その教訓から、武蔵国と下総国を結ぶために架けられたのが両国橋です。
両国橋の周辺では、相撲や握り鮨といった多彩な文化が誕生。また、8代将軍吉宗のころには「両国川開きの花火」も打ち上げられました。これは、隅田川花火大会の起源とされています。
新大橋は、本所、深川という職人が住んでいた町と、商業地帯である日本橋エリアをつなぐ橋でした。職人たちが作ったものが日本橋に運ばれていき、とても賑わったのだとか。
清洲橋、隅田川大橋をくぐり、次に見えてきたのは、1698(元禄11)年に架けられた永代橋です。忠臣蔵の赤穂浪士が討ち入り後にこの橋を渡り、泉岳寺へと向かったことでも知られています。
そこから、日本で数少ない可動橋として知られる勝鬨橋(かちどきばし)や、隅田川で一番新しい築地大橋を通過。この地点でエメラルダスの屋上が開放され、東京湾の景色を一望することができます。レインボーブリッジを真下から見上げつつ、終点のお台場海浜公園へ。
◆幕末の記憶を現代に残す台場
台場公園は、史跡名勝天然記念物にも指定されている歴史スポットです。
1853(嘉永6)年、アメリカ東インド艦隊のペリー率いる黒船が来航し、開国を迫りました。幕府は1年の猶予を取り付け、早急に黒船対策を講じることに。そのとき作られたのが、海上砲台場である「御台場」でした。
この建設指導にあたったのは、江川太郎左衛門という人物です。西洋の科学をいち早く学んだ江川は、日本で初めて、鉄製の大砲を鋳造するための反射炉を建設。また、大砲の製造にも成功するなど、めざましい業績を上げました。
現在、台場公園では、その痕跡を見ることができます。
次回の放送も、スポーツの魅力や江戸の歴史などをお届けします。お楽しみに!
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<番組概要>
番組名:週末ハッピーライフ!お江戸に恋して
放送日時:毎週土曜 11:00~11:55 「エムキャス」でも同時配信
レギュラー:朝比奈彩、松尾雄治、堀口茉純、田中雅美
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/edokoi/
番組Twitter:@edokoi9ch