東京都心から南に120キロほどの場所にある人口およそ7000人の大島に、特定外来生物に指定されているシカ科の「キョン」が増え、問題になっています。東京都が対策を進めていますが、大島町の人口の2倍以上の数のキョンが生息しているとみられています。現地を取材すると、島ならではの駆除の難しさや新たな課題が見えてきました。

つぶらな瞳で周囲を警戒しているのが、特定外来生物に指定されている「キョン」です。台湾などが原産でシカ科のキョンは中型犬ほどの大きさで、人間を見つけると素早く逃げていく警戒心が強い動物です。愛くるしい見た目の一方で、キョンによる食害が深刻化しています。
草食のキョンは大島の希少な植物であるサクユリやコクランなどを食べてしまい、東京都によりますと、これまでに8種の植物が絶滅の危機に瀕しているということです。さらに農作物への被害も深刻化しています。農家の男性は「結構足跡がある。作物の葉が食われてしまっている」と訴えます。ニンジンやジャガイモなどを育てているこの農家では、畑をネットで囲ったり作物をビニールシートで覆ったりするなどの対策を講じていますが、去年=2024年にこの畑での被害は50万円相当に上ったといいます。大島町によりますと2021年の島内でのキョンによる農作物の被害は1200万円以上で、獣害による被害額がサルの3倍に上り、最も多くなっています。
大島の厄介者となっている外来種のキョンは今から55年前の1970年、都立公園で飼育されていた十数頭が台風で壊れた柵から逃げ、野生化したものです。生後半年で妊娠できるという繁殖力と、クマなどの天敵がいない環境で増え続け、推定生息数は2019年のピーク時にはおよそ2万4000頭となり、島の人口の3倍にまで膨らみました。その後、東京都が捕獲などの対策を続け、2023年にはおよそ1万9000頭にまで減少しています。一方で島民からはこの“減少”に疑問の声が上がっています。農家の男性は「ここ10年ぐらいで急に増えた感じ。減少している実感はないですね。どういうデータの取り方をして『減っている』と言っているのか分からないが、どう考えても減っているようには思えない」と語ります。
東京都は近年、キョン根絶のため年間9億円を投じて銃器や箱わなによる捕獲を行い、2023年度の捕獲頭数は過去最多の6610頭に上りました。一方で7割以上が山林での捕獲となっていて、都の担当者は「山林のキョンが市街地に下りてきている可能性がある」と分析しています。実際に、市街地の取材中にも道路を横切って走っていくキョンの姿が見られました。大島町によりますと、道路に飛び出したキョンと自動車が衝突する事故が増加するなど、市街地でのキョンの目撃が近年相次いでいるといいます。大島の住民からも「きょうも見た。町中に出る。森は銃器を持ったハンターがいるから、みんな町に出てしまう。町の中では(銃器で)捕れないでしょ」という声も聞かれました。
大島町の坂上長一町長も市街地でのキョンの増加に懸念を示しますが、キョンの駆除活動には「島特有の難しさ」があると漏らします。坂上町長は「島には(ハンターが)渡ってこなければいけない。そういった課題もあるし、山なのでハンターが簡単にどこにでも入れるという状況でもない。なかなかゼロにするのはそう簡単ではない。数十年かかる可能性もある」と話します。
<害獣キョン利活用へ“食用化” 都と町は「根絶の妨げ、観光資源化」に警戒>
一方、大島と同様にキョンが大繁殖している千葉県では、捕獲したキョンの利活用が進んでいます。千葉県ではふるさと納税の返礼品として、県の事業で捕獲したキョンの肉を送る取り組みを行ってきました。キョンの肉は原産地の台湾では現在、法律で食べることができませんが、もともと高級食材として扱われていたということで、食材として高いポテンシャルがあります。大島でもキョンの肉を利活用する取り組みが始まっています。しかし、これにも課題があるようです。
2年ほど前に大島に移住した河原晴馬さん(19)は「島のためになることがしたい」と、個人で狩猟許可を得て去年=2024年からキョンの捕獲と食用化を始めました。課題となっている市街地での捕獲とともに、根絶までの島の新たな観光資源になることを期待しています。河原さんは「自分が肉を作ってキョンの命を肉に変え、都市の人が食べる機会をつくることで、少なくとも燃やされるよりは誰かの血肉となり、あるいは特定外来生物の問題を知ってもらうことで未来につながる。それは今よりはお互い調和していると思う」と語ります。キョンの肉はラム肉のような豊かな風味と軟らかな肉質が特徴のおいしさです。さらに河原さんは今年からキョンの捕獲の見学やジビエ体験ができるツアーの企画に取り組み、観光庁の「地域観光再発見事業」に採択されました。
一方で東京都は捕獲したキョンについて「食用化は検討していない」としていて、安楽死の後、焼却処分する対応を今後も行っていくとしています。さらに大島町の坂上町長も、キョンが観光資源になることで根絶への意識が薄れることはあってはならないと念を押します。坂上町長は「(食用化は)いいと思うが、いずれにしてもキョンがいなくなるというのが原則。町としてはそれに向けての取り組みを東京都と一緒になってやっていく」と話しています。