東日本大震災の発生から間もなく14年を迎えます。宮城県で震災を語り継ぐ「語り部」の活動を続ける人たちの支援に「自動販売機」が一役買っているといいます。

東京・北区のJR王子駅近くにあるバッティングセンターには、バッターボックスの後ろに1台の自動販売機が設置されています。去年5月に設置されたこの自動販売機には青い海の中に虹がかかり、にこにこ顔でハートの形をしたかわいらしい魚など、ユニークで想像力あふれる海の世界が描かれています。この絵を描いたのは、宮城県石巻市の佐藤愛梨ちゃんです。
当時6歳だった愛梨ちゃんは14年前の東日本大震災で犠牲になりました。愛梨ちゃんは震災当時、通っていた高台にある幼稚園にいましたが、園児を家に帰そうとした園は送迎バスに乗せて沿岸部に向かったということです。その後、親元に帰ることができなかった愛梨ちゃんら園児5人が津波と火災に巻き込まれました。愛梨ちゃんの母親・美香さん(50)は「こんなことになるんだったら幼稚園に行かせなければよかった」と、いまも悔やみます。
美香さんら遺族は園側が安全配慮を怠ったとして、園や当時の園長に損害賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こしました。一審では遺族側が勝訴したものの園側が控訴し、その後の高裁での裁判で、園側が責任を認める内容で和解が成立しました。
美香さんは10年ほど前から愛梨ちゃんのことや震災が残した爪痕などを伝える語り部の活動を行っています。この活動には娘の生きた証しを伝えることで、今後、災害に遭ってしまった時にどのような対処が有効なのかを考えるきっかけにしてほしいという願いが込められています。美香さんはこの日も「3月11日の朝、娘は『いってきます』と言って出ていきました。何気ない日常がいかに幸せなことかというのが、娘がいなくなって改めて気付かされた」と、語り部の活動をしていました。そして、美香さんは語り部の活動について「私はいつもバトンを渡すつもりでいる。どうつなげていくのか楽しみにしている感じ」と前を向きます。
しかし、震災の記憶を伝え続けていくには経済的な限界もあります。これまでの活動を支えてきたのは、美香さんが所属する団体への寄付や助成金が中心です。時の経過とともに寄せられる支援金は減少しているといいます。美香さん自身も、語り部に向かうガソリン代を自己負担するなどして活動が成立している状態です。
そんな資金面への不安が募る中で知ったのが、寄付型の自動販売機でした。自動販売機の売り上げの一部は団体の活動支援に充てられる仕組みになっています。美香さんも「今までは自分たちで身銭を切りながら活動してきた。震災の風化を防ぐという意味合いでも、自販機の意味はあるのかなと思う」と話します。
現在、愛梨ちゃんの絵がラッピングされた自動販売機は東京・北区のバッティングセンターだけでなく、宮城県や熊本県など9カ所に設置されています。バッティングセンターで自販機を利用した親子は「この子は東日本大震災の時はまだ生まれていないので、リアルには知らない。バッティングに来たついでに震災に関する話を少しでもできて、子どもが興味を持って調べるきっかけになったらいいなと思う」、利用した小学生は「語り部の人たちを金銭面で支援できてうれしい。友達とバッティングセンターに来まくって、ジュースをたくさん買う」などと話していました。
美香さんは語り部とともに自動販売機の設置を進め、風化を防ぐ活動を続けていきたいとしています。美香さんは「自販機を見た人たちがいざという時『逃げなきゃいけない』と思ってもらえる、防災啓発活動の一助になれば。これからもいろいろなところに設置していってくれれば」と話しています。
自動販売機の商品取り出し口の下には、こんなメッセージが添えられています。『一番の防災 それは“忘れないこと”』──。