超絶技巧で知られる版画家・長谷川潔が晩年に追い求めた“究極の黒”に片桐仁が迫る

2023.01.21(土)

11:50

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。2022年9月23日(金)の放送では、「町田市立国際版画美術館」で長谷川潔の生涯と銅版画の魅力に迫りました。

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。2022年9月23日(金)の放送では、「町田市立国際版画美術館」で長谷川潔の生涯と銅版画の魅力に迫りました。

◆日仏で高く評価された超絶技巧の版画家

今回の舞台は、東京都・町田市にある町田市立国際版画美術館。1987年に開館し、世界でも数少ない版画中心の美術館として、国内外の優れた版画作品を収集・保存。現在では、3万点を超える作品を所蔵しています。片桐は同館で開催されていた「長谷川潔 1891-1980展-日常にひそむ神秘-」へ。

大正から昭和にかけて活躍した版画家・長谷川潔は、若くしてフランスに渡り、西洋の古典技法を現代の技法として復活させ、独自の銅版画技法を創出。繊細で深みのある表現は彼にしかできない超絶技巧と評され、フランスで文化勲章、日本政府からも勲三等瑞宝章を受賞した傑物です。

片桐が版画を学んでいた際には、教科書に彼の名前・作品は取り上げられていました。今回は学芸員の滝沢恭司さんの案内のもと、長谷川が独自の技法を確立する若きパリ時代から晩年に辿り着いた究極の「黒」の表現まで、作品の変化とともにその生涯を辿ります。

◆フランスに渡り古典技法を学びつつ独自の技法を追求

まずは34歳のときの作品「水浴の少女と魚」(1925年)から。本作は裸の少女が魚や泡など“水”と結び付けられているのが特徴。過去に幾度となく彼の作品を見てきた片桐は、「小さいけど緻密ですね」と見入りつつ、「僕のイメージする長谷川潔っぽくない。ファンタジーのような題材もやっていたんですね」と印象を語ります。

1891(明治24)年に横浜で誕生した長谷川は、幼少時より父から書や芸術を学び、やがて芸術家になることを決意。1919年、27歳で銅版画の技法を学ぶべくフランスに渡り、以降戦時中も帰国することなく1980年に亡くなるまで生涯フランスで過ごします。

彼はなぜ帰国しなかったのか。その理由はいくつかあり、ひとつはフランス人の奥さんがいたこと。もうひとつはフランスに信頼する刷師がいたから。長谷川の作品は信頼のおける刷師なしでは完成させることができず、もしも帰国してしまうとそうした存在を失ってしまう不安があったと滝沢さんは解説。

「水浴の少女と魚」を見ていた片桐は、これが“ドライポイント”で制作されていたことに気づきます。ドライポイントとは硬度の高い針を使い銅版に直接絵を彫っていく技法で、針で削るとなると同時に銅板は捲れ上がり、そこにインクが詰まり滲みが出ることも。長谷川はその滲みさえも効果的に利用していたそうで、片桐からも「銅版画で最も有名な技法“エッチング”のほうが簡単だと思うけど、あえてドライポイントを使ったんでしょうね」と経験者ならではの言葉が。

続いては、「この感じが、僕がイメージする長谷川潔さん! 幻想的に見えますよね」と片桐が語る「南仏古村(ムーアン-サルトゥー)」(1925年)。

本作で用いられている手法は、西洋の古典技法“メゾチント”。これは銅版全体に無数の刻みをつけ、それを削ったり、ならしたりして絵を描く技法で、当時はもう廃れており、ほとんど使われていなかったそう。

片桐は「メゾチントは(当番組でも)何度か説明していますけど、銅版に傷をつけて全部真っ黒にするんですね。すごい大変」とその作業量に驚き、さらに「そこからこの風景を立ち上げている。黒地に白の絵の具で描いていくような感覚。なぜ復活させようと思ったんですかね」と思いを巡らせます。

長谷川は、古い西洋のメゾチント作品を見て、その黒と白のコントラストに興味を持ち独自で研究。メゾチントで使う道具を探し、試行錯誤を重ね、自分の技術として完成させていったそうです。

本作の特徴は斜めに交差する線にあり、これは古典的なメゾチント技法にはない長谷川オリジナルのもの。

これをクローズアップして見てみると「1本1本、ピッタリ90°を保っていますね。しかも強弱みたいなものも残っていて、これは機械ではできない技なのかもしれない。普通の絵では表現できない世界観」と唖然とする片桐。

一方、「銅版画ですか?」と驚いていたのは、長谷川が43歳のときの作品「二つのアネモネ」(1934年)。

これは防食剤となる松脂の粉を銅版に振りかけ、熱で定着させてから絵を描き腐食させる技法“アクアチント”が使われており、ベースとなる模様には長谷川が独自に編み出したレースを版面に転写する技法を使用。

画中には2つのアネモネが描かれていますが、生き生きと咲いているアネモネは“生”。弱々しくうなだれるアネモネは“老い”や“死”を意味していると考えられています。

◆戦時下の神秘的体験から深い精神世界へと没入

自身の表現を絶えず追求する長谷川は、徐々に作品のテーマに精神世界の深い表現を求めていきます。

そんななか、1939年に第二次世界大戦が勃発。彼はフランス西部のヴェヌヴェルという村に疎開。そこで描かれたのが50歳のときの作品「一樹(ニレの木)」(1941年)。

長谷川は、この地で散歩する際、ニレの木をよく見かけていたそうで、ある日長谷川は木に向かって「ボンジュール」と声をかけたところ、木が返答してくれたような感覚があったとか。戦時下に起きたその啓示的な体験から、彼はより精神的かつ神秘的な表現世界へと傾倒。

いわば本作は長谷川のターニングポイントとなり得る重要な作品で、なおかつ戦争の真っ只中、日常の不安感や苦悩が生み出した作品でもあり、より重みを感じるものとなっています。

そもそも長谷川は影響を受けた画家としてオディロン・ルドンやエドヴァルド・ムンクの名前を挙げており、とりわけフランスに渡ったのはルドンに作品を見てもらうためというほどルドンに私淑。フランスに渡ったときにはルドンは没後でしたが、長谷川はルドンの家を訪ね、奥さんに話を聞いたり、作品を見せてもらったりしたそう。

そして、60歳のときの作品「開かれた窓」(1951年)では、ビュランと呼ばれる先端に堅い刃の付いた器具で銅版に直接絵を彫る技法“エングレーヴィング”を用いており、これには「出ました! 一番大変なやつ」と声を上げる片桐。「お札を彫ったりする人が使っていたり、ヨーロッパの最初の銅版画ですね」と感心。

この頃になると長谷川は熟練の域に。そうしたなか、彼は「窓は家の眼のようなものだ。人は窓から人生が過ぎ行くさまを眺める」という言葉を残しており、これも室内から窓の外をただ描いたわけでなく、画中に収められたのは思考や心象。超絶技巧を自在に操り、心のなかの世界を表現しました。

◆究極の“黒”を求め、70代後半にして代表作が誕生

70歳の作品「小鳥と胡蝶」(1961年)では窓の外が真っ暗に。作品を前に、片桐は「静かな世界になってきましたよね」と感想を語ります。

長谷川の超絶技巧はいよいよ孤高の域に達し、同時に深い「黒」の世界へ。当初、彼の作品にあった斜めの線は1930年代前半にはなくなり、それ以降、深く黒い独自の表現世界が構築されていきます。

本作については「この黒を出すためにメゾチント技法に変わっていったんですね」と分析しつつ「絵の感じがちょっと和風な感じもしますね」と片桐。長谷川自身、それは幼少時に習っていた書道、さらに石碑の文字などを墨で写しとる拓本などの経験が影響していると話していたそう。また、当時フランスの画商に宛てた手紙には「鳥は私で、二匹の蝶を見つめています。蝶々はこの世界における友情と愛を表している」と書かれ、長谷川の人間性が反映された精神性の高さが窺えます。

そして、78歳で後世に残る代表作、芸術家人生の集大成と言える「時 静物画」(1969年)が完成。

中央の円は「自分の業績の大きさ」だそうで、思うような仕事ができていたのか、評価されたと思っていたのか、いろいろと考えさせられるなんとも絶妙な大きさ。一方、右側に描かれた砂時計は時間を象徴しており、あらゆる部分で想像を掻き立てられる作品となっています。そんな代表作を前にし、片桐は「そういう代表作を70代後半になって創ったってすごいですね」と驚嘆。

版画家・長谷川潔の生涯を辿り、片桐は「フランスに渡って日本に帰らなかったその矜持と言いますか、フランスでしかできない銅版画の技術を極め続け、そして最高傑作を70代後半で作り出す精神力には圧倒されました。私も見習いたいです」と感服。

そして、「長谷川潔の素晴らしい世界を教えてくれた、町田市立国際版画美術館、素晴らしい!」と称え、生涯を版画にかけた孤高の芸術家に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「仏訳『竹取物語』特別会員版 挿絵」

「長谷川潔 1891-1980展」の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから学芸員の滝沢さんがぜひ見て欲しい作品を紹介する「今日のアンコール」。滝沢さんが選んだのは「仏訳『竹取物語』(リーヴル・ダール協会刊)特別会員版 挿絵」(1934年/1933年)です。

これはフランス語版「竹取物語」の挿絵で、一見して「画風が違いますね」と片桐。挿絵のなかでも、滝沢さんがピックアップしたのは、竹取の翁が描かれた渋い作品。翁が中空を見つめている姿が、長谷川がフランスで試行錯誤する姿と重なると滝沢さんが言うように、なんとも感慨深い作品となっています。

最後はミュージアムショップへ。片桐は「版画ですから、やっぱりポストカードは外せない」と手に取り、「このサイズになるとまた印象が違うんでですよね」と楽しそうに眺めます。

さらには、版画工房の絵がプリントされたオリジナルショッピングバッグなどを物色するなか、傍には醤油味、味噌味、塩味とバリエーション豊富な町田のおかきも販売中。滝沢さん曰く、とても美味しいそうです。

そして、片桐が注目したのは複製版画。特殊な印刷で擦られたもので「質感が本物に迫る感じがありますね。2,680円、一家にひとつどうですか?」とおすすめしていました。

※開館状況は、町田市立国際版画美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

 

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