東京の農地10年で16%減少 背景に都内特有の相続税の高さが…
東京都内では農地の減少が続いています。農地には地産地消による食料の供給だけでなく、農業体験など自然との触れ合い、火災の際に開けた農地があることで火の燃え広がりを防ぐ役割、都市の気温が高くなるヒートアイランド現象を抑える環境保全の機能なども果たしています。さまざまな役割を持つ農地の面積について都内の推移を見てみると、15年前の2013年度には7400ヘクタールあったものが、それから10年たった2023年度には6190ヘクタールとなり、およそ16%減少しています。背景に何があるのか清瀬市で取材したところ、農地の減少による地域への影響が見えてきました。 <都内の農地減少 地域のつながり・祭りにも影響> 東京都内で自治体の面積に対する農地面積の割合が最も高い清瀬市では、市内の面積の2割ほどに当たる約180ヘクタールが農地ですが、近年、減少が加速しています。 市内で農業を営む松村俊夫さんは「清瀬市では2008年ごろまでは年に2ヘクタールの減少ぐらいだったが、2013年ごろから急に年間3ヘクタールぐらい減少するようになっている」といいます。そして「景色が変わった。畑の周りに住宅ができるから、やはり仕事もしづらくなる。なるべく音を立てないために、土日祝日は早朝からの仕事は農家の皆さんは控えている」として、農作業に影響が出ていると話します。 松村さんが所有する農地の周辺はかつて畑に囲まれていましたが、この10年ほどで多くの住宅が建設されました。原因について松村さんは農家の高齢化だけでなく、土地代の高い都内の農地にかかる高額な相続税が負担となり、農地を手放す人が増えたと指摘します。松村さんは「地方の農地と東京の農地は、価格が違う。都市農業をしている人はほとんどが税金を払うための不動産所得を求める形で、アパートを建てたり貸家を建てたりする形態に移行している」といいます。 また、農地の減少は地域の人たちのつながりにも影響を及ぼしているようです。松村さんは「農地がなくなって農家をやめると、付き合いもやめる人も結構出てくる。農業を廃業して別の仕事をしていると、連絡取りづらくなる」といいます。さらに地域の農家たちが代々運営を担ってきた五穀豊穣(ほうじょう)を願う地域のお祭りも影響は及んでいるといいます。松村さんは「(以前の祭りは)当番に当たった家が前日から料理を作って皆さんをもてなして、1日ゆっくり豊作を祈願するような祭りだった。今は朝お参りして、来年の行事日程を決めて解散という形まで縮小してきている」と話しています。 <都内の農地減少 一因に都内特有の相続税の高さ> 現場を取材して、農地の減少の一因に「相続税の高さ」があるということが分かりました。農地を引き継ぐ際に土地代が高い都内の広い農地にかかる相続税がネックとなり、土地を手放す人が増えています。この対策として国の制度に、農地を引き継ぐ人が生涯にわたって農業を続ける場合に相続税の一部が猶予されるものもありますが、一生農家という選択をしなくてはならず、利用にはハードルが高いのが現状です。 猶予制度を利用せずに農地を相続すると相続税は高額となります。都内の多くの地域では農地の相続税が周辺の住宅地とほぼ変わらず、国税庁などの資料から算出すると、例えば清瀬駅周辺などは1000平方メートルで、相続税が5000万円ほどになります。東京近隣の県で農地が多くあるような地域では、農地を残すために相続税は安く抑えられていて、同じ1000平方メートルでも200万円ほどになるところもあり、価格に大きな違いがあります。このような条件もあり、都内では農地を手放し住宅地などにする人が増えていると指摘されています。 この状況を改善しようと、東京都も取り組みを行っています。例えば、使われていない農地の再整備にかかる費用の補助や、農業に興味がある人への体験研修会なども行われています。さらに、民間でも農地の減少を防ごうとする動きがあります。 <都内の農地減少を防ぐため 農業の会社を経営> 都内の農地減少が進む中、農地を守ろうとする農家がいます。町田市に住む松井優一さんは東京大学の大学院で農業を学び、外資系の農薬メーカーに勤めていましたが、農業の本質を知りたいと3年前に農家に転身しました。法人として会社を立ち上げて農業を続けながら、農業にまつわるコンサルタント業務も行っています。 若い世代が農業に参入するハードルを下げようと、太陽光で充電ができる遠隔操作型の草刈り機などITを活用したスマート農業や脱炭素農業の方法を伝えるほか、農業に親しんでもらうため、ホームページやSNSを開設し、農業に関する発信も積極的に行っています。 農林水産省によりますと、都内の農業従事者の約70%が60代以上で、30歳未満は1%ほどと、若い世代が圧倒的に少ないのが現状です。この状況を打破しようと、松井さんはさまざまな取り組みを行っています。個人事業主ではなく法人として農業に携わる形態にしていくことで次世代の担い手が増えると考えています。松井さんは「個人で農業をやる場合は親から子にバトンタッチする時に相続税が発生する。ただ、法人の場合は代表者の名前を替えるだけ。相続というイベントが発生しない良さがあり、次の世代にバトンタッチしやすい」とメリットを語ります。 先進的な農業の実践を通して目指すのは、時代とともに変化する農業の課題解決です。松井さんは「農業は時代にマッチしていない制度もある。われわれが実際に農業をやる中で、問題点をちょっと変えられますよ、こういうことがあるのでは、と示していきたい」と意気込んでいます。 <都内の農地減少 改善の鍵は国の税制見直し> このように農地・農家の減少を食い止めようと民間の動きも出てきています。しかし都内の農地の有効利用を進める一般社団法人「東京都農業会議」の松澤龍人事務局次長は、農地を守るためには国が動くのが大切だと指摘します。 東京農業会議の松澤さんは「相続税は国税。国で生産緑地価格の評価相続が非常に高いことを解決・改善してくれないと、都市の貴重な空間や緑が失われていくことになる」と話し、国に税制上の要望書を提出しています。国が都市農地の減少についてどこまで深刻に受け止めるかが今後の鍵になってくるといえそうです。
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